小原慎司の 「白い恋人」CM出演顛末記 9
投稿日 : 99年3月4日<木>01時37分
撮影にもどる。我々は同様なことを何回か繰り返した。テイクを重ねるごとに、演技のコツを覚えた我々の演技は、ディレクター氏の賞賛をうけることになった。氏によれば「すばらしい」「とても素人には見えない」「少なくとも今日会った素人さんのなかでは、最高」「こんな素晴しい素人さんにあったのは、さっき会ったサンクスの店員さん以来」「お茶が大好きな教師がいて、これがホントのタンニンの先生。なんつって〜」「deepsってさあ、SPEEDの反対読みなんだよね。じゃ、deepsがコンサドーレでSPEEDは道産子ってことになるよね。いや、でもラテンの響きのあるオーレをつけたほうがいいから、deepsole(ディープソーレ)かなあ?あ、沖縄だから、めんそーれでいいのか、めんそーれ札幌。なんちゃって。はっはっはっはっ」などと手放しの褒めようだった。
こうなってくると、われわれの命運は、ちさとちゃん一人にかかってくる。「道産子だもん、大好きっしょ....」の台詞も簡単なようだが、舞台などの台詞と違って、ただ感情をこめて話せばよい、というものではない。CMという、15秒なり30秒なりの時間的な制約のある作品においては、あらかじめ定められた時間内に台詞をぴたりとはめこむ必要が生じてくる。ちさとちゃんが、せっかくかわいらしい声で台詞を読み上げても、規定の時間をオーバーしていたり、その逆に読み上げが早すぎたりしては、始めからやり直しなのだ。おそらくそんなこんなで7〜8回はやり直しがあったかと思う。しかし、年端も行かないとはいえさすがプロのちさとちゃん。ぴったりと絵コンテどおりにセリフをおさめるあたり、いつも字余りなヨドバシカメラのCMに見習わせたいところだった。ようやくディレクター氏の満足のいく絵が撮れ、つぎの場面の撮影にうつることになった。
無言の演技に磨きをかけた私たちに新たなる試練が訪れる。次は、同じ設定で、サポーターが声を出している場面を撮りたいというのだ。つまり、ちさとちゃんが朗々と台詞を読み上げている後ろで、我々サポーターが思い思いの声援を実際に口に出して演技する、というもの。ちさとちゃんの前方真上には、より指向性の高いマイクがセットされるため、まわりのサポーターの声援が、ちさとちゃんの台詞をかき消すこともないと言う。
ついに、ビデオテープの音声トラックにその肉声を刻むことになった私たち(といっても台詞はアドリブなのだが)。いやがおうでも高まる緊張、竹丸STV。しかし、そんな有象無象のなかで、私一人だけが困惑していた。実は私は1月中旬から大流行したインフルエンザにやられた喉が、いまだ完治しておらず、日常会話の疎通にも事欠くほどのがらがら声だった。
なにしろ、外来診察中に患者さんに「真冬にコンサドーレの応援かい」とか「早く医者に診せたほうがいいよ」と心配されるくらいのひどい声だったのだ。とりあえず、練習しなければと思い、その場で声をだしてみる。
「いけー」「そこだー」「いいぞー」
かすかな喉の痛みは感じるが、どうにかなりそうな気がしてきた。
「おおお!!」「いいぞおおお!!」
大丈夫だ。ちゃんと声が出る!私はこのCMの成功を確信した。思わずとってしまう、昔懐かしいデストラーデ型ガッツポーズ。と同時に、奇異なものを見るように私をみつめるエキストラ仲間の冷たい視線に気がついた私であった。 つづく
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