小原慎司の 「白い恋人」CM出演顛末記 
投稿日 : 99年3月3日<水>00時36分

 CM制作とは、かように一進一退を繰り返す地道な作業なのである。優れた陶芸家が気に入らない作品を自らの手でたたき割るように、または杉良太郎が慰謝料10億円の責任を負ってまで離婚を決意したように、一切の妥協を排した極めてストイックな世界なのだ。しかし、不思議なことに、いらだちや焦りや不安は全く感じられなかった。CM制作という大きな目標を前にした、ちさとちゃんを含めた我々出演者の間に芽生えた連帯感は、ポーランド人もびっくりという感じであった。
 NGを出したことを詫びるちさとちゃんと、それをはげます天然娘ミッチー。その瞬間、われわれの中にプロ意識が芽生えたような気がする。われわれは、同じ土俵の上に立つ相撲とりだった。もしくは同じまな板の上に乗った刺身であった。ただし、ちさとちゃんが千代大海なら、わたしは水戸泉が投げた塩、ちさとちゃんが鯛なら、わたしはカニかまぼこのオホーツクくらいの差はあったのは紛れもない事実だ。

 それにしても暑い。CM撮影では余計な影ができないように四方から強力なライトが浴びせられる。どれくらいの光度かといえば、500万カンデラというから途方もない。っていうか、1カンデラがどのくらいなのかさっぱりわからないので何ともいえないのだが、とにかく、「へのつっぱりはイランですよ」とホメイニ師がいったかどうかは貞子ではないが(定か、だよ!定か)それくらいすごい光なのだ。立っているだけでじっとりと汗をかいてしまうくらいの暑さに、わたしの脳裏には山梨県甲府市小瀬競技場のあの夏の日の対甲府戦の思ひ出がよぎったくらいなのだが、とにかく暑いので、自律神経失調症でなくても汗をかいてしまう状態だった。当然私以外の出演者も汗ばむ状態。
 そのとき突然現われたのが、現場の人々から「めいくさん」と呼ばれる謎の人物であった。「めいくさん」というくらいだから、大工さんではないだろうし、実際ノコギリもノミも神津カンナも持っていないのだが、それでも「めいくさん」という名前で呼ばれるところをみると、きっと日系2世の方で、本名はメイク・ベルナルドか、メイク・タイソンか、メイク真木か、ケント・デリカットのいずれかを名乗っている方と思われる。
 とにかく、さきほどまでは気付かなかったそのめいくさんは、およそ大工には似つかわしくないような高見沢俊彦みたいな髪形で、皮のパンツを履き(青黒かったのでサバなど青魚系の皮でつくったパンツと思われる)、ベルトのところにゲンノウのかわりに、何本もクシをさしていた。そして、つかつかとちさとちゃんの前に進み出ると、おもむろになにやらスポンジ状の円形の小物体(推定だがその大きさは、おやき大と思われる)をとりだし、ちさとちゃんの額から鼻筋にかけての部分にそのスポンジ状のものを押しあてはじめた。どうやら彼女の顔のこの部分の「テカり」を除去するのが、彼の仕事らしい。
 ちなみに後日知った話なのだが、額から鼻筋にかけての部分は、「Tゾーン」とよばれているとのことだ。これはその形状がアルファベットの「T」に似ているからなのだが、人間ならともかくギャオスなら「 Vゾーン」と呼ばれていたところだった。またイタリアでは「デルピエロゾーン」とも呼ばれているらしいが、真偽のほどは貞子(だから定か、だって)ではない。
 さて、めいくさん氏、ちさとちゃんのTゾーンのてかりを除去すると、つぎはおもむろに腰にぶらさげていたクシを取り出し、彼女のさらさらの素敵な髪を、微妙なタッチで直しはじめた。その手つきを目のあたりにした者は、和田勉やデイブ・スペクターでなくても、クシを駆使している、と表現するしかないほどの見事な手綱さばきだった(手綱じゃねえだろ、おい)
つづく


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