小原慎司の 「白い恋人」CM出演顛末記 10
投稿日 : 99年3月4日<木>23時10分

 もういちどディレクター氏の注文が提示される。
「みなさんは練習場にいます。目の前を宏太くんたちが練習していますので、元気いっぱいに彼等に声援を送ってください」
エキストラ全員が頭の中に、青々とした芝の上で練習をするコンサドーレの選手をイメージした。
「そう、わたしを宏太君だと思って!!」
ニッコリと微笑むディレクター氏。その瞬間その場にいた誰もが、彼に殺意を抱いたのは言うまでもない。

 いよいよ声を出しての演技が始まる。計り知れないプレッシャー。こんなとき監督ならどうしますか、と直接岡田武史監督に質問して、「自分に絶対の自信を持つことでプレッシャーを克服した」と答えていただいたのは私だが(しかも答えていただいている間じゅう、決して監督と目を合わせられなかった)、実は私にも独自のプレッシャー克服法がある。
特別な技術や器具を必要とせず、しかも極めて効果的なプレッシャー克服法として、「発掘あるある大辞典」でも紹介された方法なので御存知の方も多いであろう。まず手のひらに、「肉」という字を書く。そしておもむろにその手を額に押し当てる。するとあら不思議、キン肉マンのできあがり。己をキン肉マンと同化させることにより、強烈な自信を呼び起こし、それまでのプレッシャーを克服することができるのだ。効果抜群なので、みなさんもぜひ実践していただきたい。私はこのキン肉マン法で、英検3級を突破した実力の持ち主だ。しかし3級くらいだと履歴書に書くべきかどうか迷うのが、関の山である。

 さて、それぞれのイメージをもとに、声援入りバージョンのテイク1の撮影となった。
「3、2、1...笑顔〜〜」
自称宏太のディレクター氏の声がスタジオに響きわたる。回り始めるビデオカメラ。ちさとちゃんが台詞を、歌うように読み上げる。同時にさきほどまでは封印されていた生の声援を、堰をきったように張り上げようとした私たちであったが・・・
「おおー」
「いけー」

「カット〜。う〜ん、もうちょっと声がほしいなあ〜」
おかしい。なぜかいつものような声が出ないのだ。普段なら「!」が3個はつくくらいの声を出しているのに。そしてなぜこんなに緊張しているのだ、私は。
平常心をすっかり忘れてしまっている。先だって、あれほど念入りに「肉」の字を額に押し当てたはずなのに・・・
そのとき私の視界に、鏡に映る私自身が入った。そしてすべてを理解した。
不安と焦燥の色を浮かべた私の額には、意図したものとは別の字が踊っていた。
私は緊張のあまり、漢字で「肉」と書くべきところを、ひらがなで「にく」と書いてしまっていた。
そう、私はキン肉マンではなく、ミートくんになっていたのである。
つづく


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