小原慎司の 「白い恋人」CM出演顛末記 14
投稿日 : 99年4月1日<木>01時56分

〜 最終回 30行拡大スペシャル 〜

世紀末、この作品を全人類に捧ぐ。

 およそ1時間半に渡って行われてきたCM撮影もいよいよ大詰め。ファイナルカウントダウン。きょうの出来事。大相撲ダイジェストといったところだった。ついに我々にもセリフが用意される。アドリブではない、本当のセリフだ。
「みんな、がんばれー!」
 たった数文字の言葉ではあるが、因果応報、輪廻転生の悟りをも内包した珠玉の名言だ。古来、われわれ日本人は、己が発する言葉に霊魂が宿ると考え、これを「言霊(ことだま)」と呼んでいた。ことばが森羅万象あらゆる事象に作用し、形を変え、歴史を作ってゆく。この「みんながんばれ」というセリフにも必ずや言霊が宿り、全道の人々の心の琴線に触れ感銘を与えるか、リングウイルスを増殖させるかどっちかに違いない。

 しかし、ここで問題となるのがタイミングだ。スタミナではない。みんな揃って同時に「みんな、がんばれー!」というのは、なかなかに難かしいテクニックである。まず出だし。ワインの世界では、最初の一口めをアタックというが(ちなみに2口めを全温度チアーという)、まさにアタックであるところの「みんな」という台詞のタイミングが難しいのだ。
 ディレクターの「笑顔〜〜!」というキューのあとに、一呼吸置いてから、全員そろって「みんな、」と始めなければならない。さらにそのあと、一瞬の間をおく必要がある。「みんながんばれー」ではなく、「みんな、がんばれー」なのだ。「、」が大事なのだ。例えるならば「モーニング娘。」の「。」や、「つのだ☆ひろ」の「☆」、「さいとうたかを」のくっつきの「を」みたいなものと言えよう。
 そして最もこの台詞を困難なものにしているが、がんばれーの「ー」の部分。全員が絶妙のタイミングでこの「ー」を延ばしきり、ぴったりと終了しなければならない。しかもCMという制約上、1ピコ秒刻みのタイトな秒数でもってすべてを演じきらなけらばならない。これにくらべたら、ダンスダンスレボリューション2ndミックスのアナザーバージョンのパラノイアマックスの背面舞踏なんて、赤子のおむつをとりかえるようなもんである(意味不明)。

 皆の顔に憔悴の色が濃くなる。煌々と照りつける撮影用ライトの熱で、スタジオ内はすでに摂氏30度(303ケルビン)に達するような暑さ(ちなみにこの温度では、天ぷらの衣が油の表面にちらばるので目安にするといいと思います)。度重なる緊張の連続。さらにすでに1時間半以上立ちっぱなしの撮影。ゴール裏サポーターはいつでも立ちっぱなしなので、あんまり苦にならないのだが、一部の「なんちゃってサポーター」のエキストラのみなさんには、相当こたえたようだ。若いとはいえ、長時間の立ち仕事には慣れていないのであろう。
 私は三十路とはいえ、立ちっぱなしは特に問題にはならかった。日々のサポーター生活がこんなところで役に立つとは思わなかった。「美容と健康のためにゴール裏!!」とか、「ゴール裏の意外なマル得情報」とか「びっくり!ゴール裏でぐんぐん背が伸びた!!」とか、「ゴール裏で跳ねていたら苦手な数学のテストで95点とれた!!」とか、思いっきりテレビでみのもんたにしゃべってもらったら(しかも怪しい医学博士付きで)、きっとゴール裏人口もアップするに違いない。ちなみに、たすくくんは既に撮影が始まった時点でテンションが下がっており、「早く帰りてえ」と言っていた。

 まずはテイクワン。それぞれの位置に、自らのポジションをセットして、仰角30度ほどのところにあるカメラを見据える。私は前述のごとく、さきほどまでのように跳ねなくてもしっかりと画面に映ることのできるベストポジション。世界地図でいうならば、アイスランドから新疆ウイグル自治区くらいに、ポジションを移動していた。ちなみに、ミッチーはゴラン高原、沙織さんはガラパゴス諸島、藤田君はアフリカ大陸、松浦君にいたっては南北アメリカ大陸に匹敵するくらい画面を占拠しており、こんな距離をドロンズは制覇したのかと感慨深げだった。テンションの下がっていたたすく君は、ほとんど北極点と化しており、早く帰りたい様子がありありだった。

 さて、ディレクターの相変わらずの「3、2、1、笑顔〜〜」のキュー出しがあり、ビデオキャメラが回りはじめる。。。。
「みんな、がんばれー!」
1回目にしては、いいんじゃないか?ねえ、いけるよねえ。。。と誰もが確信したが、ディレクターの表情は今一つさえなかった。

「もうすこし、最後延ばしてほしいなあ〜・・・・がんばれー!!みたいに」
 なんだ!?俺たちの「がんばれー!」とどこが違うんだ??どうにも判りにくいのだが、ディレクター氏の説明では、0.523秒ほど最後の「ー」が短いというのだ。
さらに、「みんな」と「がんばれー!」の間の「、」この休符の部分も、微妙なバラツキが生じているらしい。
「じゃ、もいっかいいってみよう!3、2、1、笑顔〜〜!」
「みんな、がんばれー!」

 今度は気持ち長く「ー」を言ってみた。ところが「う〜ん、もうちょっと短くていいなあ・・・・」と浮かないディレクター氏。今度は0.324秒ほど長くなってしまったという。「それじゃ、もういっかい・・・・」

 何度も繰り返される、「みんな、がんばれー」の声。順調に進んだこの撮影で、最後に出現した難関であるのは、間違いなかった。いっこうにOKが出ないスタジオで、じりじりと時間だけが過ぎて行く。疲労と憔悴で次第に衰弱していく我々エキストラ陣。まさに1000分の1秒での戦いだった。
 そのとき妖精が私の脳裏に一つの重大な事実をもたらした。
「みんな、がんばれー!・・・・みんな・・・・レー・・・・コンサ・・・・ドーレ・・・?コンサ、ドーレ!?」

「みんな、がんばれ」と、「コンサ、ドーレ」は似ている!!
 この奇妙な符合は、まさ人智を超えた言霊のなせる業なのか?しかし、今この事態で重要なのは、このあまりに有名な、そして誰もが熟知しているフレーズが、北海道民ならすでに遺伝子レベルで記憶されている先人の偉大な遺産である、という点である。
 かつて、北海道には「ビバ!コンサドーレ」というTV番組があった。「北の小川宏ショー」として人々に愛されたこの番組は、そのエンディングに、出演のアナウンサー2人が必ずカメラに向かって「ビバ!コンサ、ドーレ!!」と言いながら、親指を立てる場面が放送されていた。諸般の事情により、この番組は終了してしまったが、この「ビバ!コンサ、ドーレ!!」のフレーズは、あたかも魔法使いチャッピーや魔法のプリンセスミンキーモモの呪文のごとく、ひろく北海道民の心に綿々と生き続け、先ごろは北海道の20世紀を代表する言葉100選で「時のアセス
」「どぼじでどぼじで」についで第3位にランクされるというくらい有名なフレーズなのだ。
 現に、コンサドーレ札幌のFW吉原宏太選手は、ファンに写真を求められたとき、無意識にいつもこの「ビバ!コンサ、ドーレ!!」ポーズを取っているのがわかるだろう(当HPの表紙の写真をクリックしてみていただきたい)。あれは彼の、チームとサポーターを愛する気持ちが遺伝子の中の遠い記憶を呼び覚まし、フレミングの左手の法則に基づいて彼にさせている現象なのだ。

 とにかく、これくらい我々サポーターのからだには「ビバ!コンサ、ドーレ!!」が染み着いている。それはジャマイカ人にとってのレゲエ、フランス人にとってのシャンソン、林家ペーにとっての林家パー子、マルちゃんやきそば弁当にとっての中華スープと等価値といっても華厳の滝ではない。ならば、さきほどから我々の前に立ちはだかる「みんな、がんばれー」のセリフも、この「コンサ、ドーレ!!」のリズムで読み上げれば、あたかも、我々の眼前に一流のコンダクターが屹立しているかのごとく、一糸乱れぬ絶妙のタイミングで演じきることができるのではないか。我々はこの仮説にすべてを託すことにした。が、たすく君だけはあいかわらずテンションが下がっていた。

 ディレクターの声が響く。
「3、2、1、笑顔〜〜」
「みんな(コンサ)、がんばれー!(ドーレ!)」
 意識の底が白くなった気がした。

「OK!!」
 一瞬の静寂を破るディレクターの声が、我々の緊張の呪縛を解き放った。次の瞬間、達成感とも解放感ともつかない奇妙な、そして快感ですらある未知の感情がそれぞれの意識を支配した(たすく君はテンションが低かった)。2時間に渡って、繰り広げられてきた我々の戦いの、華麗な、そして荘厳な幕切れであった。

 
 数週間後、CMがオンエアとなった。実際のオンエア版では、ずいぶんとカットされている所もあるが(特にあの謎の沖縄のお兄さん、誰??)、私なりに十分満足いく出来になったと思う。願わくば、リドリー・スコットのようにディレクターズカット版も公開してほしいところだが、第1作目としては上々の出来であろう(もちろん、私の露出という点において(^_^;)
 本当に信じられないことなのだが、今まで会ったこともないような方から、「小原先生ですか?」と声をかけられるようになった。基本的にお調子者の優性遺伝子を持つ私は、その相手が誰だかわからなくても、「やあ、お世話になってます」とか言って話を合わせるのでたちが悪い(現に先日、今回のCMで共演した女の子2人に声をかけられたが、わからなくて適当に話を合わせていた(^_^;)。しかし、かけがえのない新たな仲間たちを得た、と言う点で、今回のCM出演は、ギャラとしていただいたエドウィンのジーンズと白いギター1年分と番組特製のイエスノーまくらと「白い恋人」バレンタインバージョン以上の財産を私に授けてくれたのだと思う。

 先日、石屋製菓の石水社長とお話する機会があった。もし、今回のCMで「白い恋人」の売り上げが昨年より延びたら、もう一度CMで私を使っていただけるとの確約を得たが、双方酔っ払っていたので真偽の程は定かではない。だが、もし万が一、また私にこのようなチャンスが訪れた場合、私は毅然とした態度で、その運命をあまんじて受け入れるだろう。そして、こうつぶやくに違いない。
「慣れてきた自分がコワイ・・・(笑)」

終 劇


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